「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:中東編( 9 )

 

そういえばヨルダン ぺトラにて

ぺトラの遺跡を見に行ったとき。

暇だったのでお土産やさんをひやかしていました。

お店の男性は英語が喋れるので、砂漠に住むベドウィン(遊牧民)のことや、私のことなど会話していたところ。

お店に楽器のこうなものを発見!

中国の楽器「二胡(にこ)」のような感じの弦楽器です。

どうやって音を出すのか頼んだところ、その男性は弾けないらしく、別の男性が弾く真似事をはじめました。

「OH!He can play the insturment !(彼はその楽器が弾けるの!?)」

と訊いたところ・・・

「fumi、you made mistake!(フミ、ちがうよ!)」

「play の発音がちがう!」


「あ、そうか、いかんいかん。playの発音は、舌を上の歯につけて、「プレイ」、でしたね?」


「いいか?LとRの発音はしっかり区別しないとだめだぞ!」


「そうですね!苦手なんですよ。Rは、舌をどこにも着けずに発音するんですよね!」


「ちがうちがう!いいか!楽器の演奏の”play”は、プレイ!

祈るという意味の”pray”は、
プレレレレレレレレレレレレイ!
だ。」


みなさん、ヨルダンでのRの発音は、舌を「ドラムロール」のように上あごに連打して、思いっきり発音するように!


厳しい発音チェックが入ります。
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by kumaf3 | 2006-09-18 04:30 | 中東編  

聖地めぐり

今日はイスラエル最終日なので精力的に歩き回っております。
午前はユダヤ教の聖地「嘆きの壁」と、イスラム教の聖地「岩のドーム」へ。

嘆きの壁は、本当に「壁」。
昔、建物だったところが、破壊されて、壁だけになっています。
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そこで、ヘブライ語で書かれた聖書を読みながら壁に向かってお辞儀を繰り返し、祈りをささげる人々。イッシュのトランス状態にも見えます。

ユダヤ教の男性は、黒いシルクハットに黒いスーツ。モミアゲの髪をながーく伸ばして、くるくるにカールしています。


つづいてはイスラム教の聖地「岩のドーム」。ブルーを基調にした、きれいなモスク。
でも、情勢の悪化により(?)中に入ることが出来なくなっています。

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イスラエルに来てから、いままで胸の中でくすぶっていた疑問が、さらに幅広ゴシック体になってきました。


宗教って一体ナニ・・・





午後からは、バスに乗って「パレスチナ自治区」へ。
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気温もぐんぐん上がり、この夏最高の40度超。バスに揺られているだけで消耗してしまいました。

30分後、パレスチナ自治区へ入るチェックポイントへ。

パスポートを見せ、セキュリティチェックを受けて、壁の向こうの自治区へ入ります。

そこからさらにタクシーに乗って街の中心へ。

ここにはイエスキリストが生まれた場所とされる「聖誕教会」があります。
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教会の地下にはキリストが生まれた場所があり、穴があいていて、触ったりキスをしたり、ネックレスなどの物をタッチして記念にしたり。

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下りてみると、韓国人のツアー客たちが「きよしこの夜」をみんなで歌っています。

(韓国人のおよそ3割がキリスト教らしいです)

観光気分で訪れた私たちは、なんだか場違いの雰囲気。

私と、同行のMくんがその近くで足を組んで座っていると、牧師さんが来て「足を組むな。大声で叫んでいるのと同じだ」と注意されました。


外の広場では、クラクションを鳴らしながらたくさんの車が黒い旗をひるがせながらのデモ。
聞くところによると「イスラム原理主義=ハマス」一派とのこと。

教会を出た後、エルサレムよりもかなり安くお買い物が出来るストリートをひやかし、帰途に着きました。


暑さのせいか、緊張感のせいか、チョッと疲れてしまった1日でした。

あした、ヨルダンに戻り、ペトラまで南下します。

もっと暑いらしい・・・。
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by kumaf3 | 2006-09-10 17:52 | 中東編  

エルサレムにいます

エルサレムといえば、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地。

私の泊まっている宿にも、キリスト教の布教に熱心な方が居て、
毎日旅行者たちに無料で3食提供してくださいます。
韓国人なので、キムチがいつでも食べらるのもうれしいところ。

今夜は、同じく韓国から来た旅行者と、宗教談義に花が咲きました。

彼は、全世界にキリスト教の教会を建てるのが夢なんだそうです。

そんな彼に質問してみました。

無宗教の私がいつも思ってしまうことです。

世界の人はどうしてそんなに宗教に熱心なのか?


いくら熱心に祈っても、病気に苦しむ人はいるし、
貧困にあえぐ人はいなくなるわけではありません。


そんな私にその人は

「人間は弱いもの。ライオンのように強くないし、キリンのように背が高くないし、チーターのように早くない。そこで、神に祈るのだ。すると、神は答えてくれる。助けてくれる。」
と答えてくれました。

ある人が「1ドルほしい」と神に祈る、すると、だれかが彼に1ドルを与える、のだそうです。

まぁ、喜捨の精神がポピュラーな宗教もたくさんありますよね。


うーむ。世の中にはいろいろな宗教があり、信じることは自由です。
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でもやっぱり、私の場合は神に祈る時間があれば、貧困を防ぐために働こうと思います。
働く職場が無い人や、治る見込みの無い病気に苦しんだことのない私の、イージーな考え方なのかもしれません。


ドミトリーの部屋に帰って、同宿のリトアニアの女性とも、そんな話をしてみました。

彼女の国でも、多くはカトリックですが、無宗教の人も多いそうです。

「大切なのは自分で勇気を持つことだと思うわ。でも、全身全霊で信じる対象があるっていう事は、うらやましいと思う。私は今、それを探しているの」


ウンウン。


私「旅ってしんどいわー」

「そうね、1年間の旅って長すぎるわね。私も4ヶ月だけど、家に帰りたいもの。」

私「そうなのよー。私も日本の清潔な暮らしが恋しい。(けっこう、不潔な環境が多い)」

「じゃあ、帰りたい?」

私「ううん。帰りたくない。でも、疲れてるし、いろいろ大変なの・・・」

「どうして旅に出たの?」

私「そりゃー、自分のまわりの環境を変えたいと思って。環境を変えるためには、まず自分が変わらないといけないのよね。」


「そう。それは仏教の考え方よ。」


私「あ、そうなの?へぇー!」


「どうやったら自分を変えられると思う?」


私「うーん、むずかしい・・・。」




自分を変えるのは難しいけど、一日一日、いろんな事があって、いろんな人に会って、カルチャーショックがある。


自分の今までの常識が少しづつ、時には大胆に覆される。

凝り固まっていた脳みそがほぐされ、少しづつ、形を変えていると思う。


ピンチに直面したときの自分。

重い荷物を引きずって、4階まで安宿の階段を上がるときの「ええい!なにくそ!」と思うときの頼もしい自分。
苦手なタイプの人や、苦手なシチュエーションに面したときの情けない、いやらしい自分。



長旅を実行した今年ほど、濃い一年は今まで無かった。


旅においては、「観光」もすてきな感動をくれるが、「いろんな自分を感じる」ことで、人の気持ちが想像できるようになったり、自分の苦手な部分を認識し、改善するきっかけになったり。


私の願いをかなえるには、神に奇跡を乞うよりも、確実で有効な手段のような気がしている。



旅は遠回りのようで、そうではないと思う。
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by kumaf3 | 2006-09-10 04:28 | 中東編  

イエメンからヨルダンへ

イエメンから去る日。
あさ5時起きで、6時に宿を出て、乗り合いバスを乗り継ぎ、空港へ。

くるときは右も左もわからなかったのに、もう、一人でも空港から宿まで乗り合いを使って
スイスイいけそうです!

空港で、チケットをカウンターへ同行4人分出して、
「2席は窓側、2席は通路側、んで、預ける荷物は3つあります」
と英語でかっこよくやったところ。。。。

キーボードをたたいていたおじさんの顔色がだんだん渋くなり。。。。

「リコンファーム(搭乗3日以上まえに、予約の再確認)はしたか?」

いいえ、してません。え?必要なの?

(最近はヨーロッパでもアメリカでも、リコンファームは要らない航空会社がほとんどなので、
今回もしなかった)


「してません」


「OH、 ビッグ プロブレム・・・!


え?なんですって?


「席はキャンセルになっている。用意できるようがんばってみるけど、乗れるかどうか・・・・」

係員は私たちの切符を棚にのけ、後から来る客の処理をし始めた。


「すみません、乗れるんですか、乗れないんですか???」


「インシャ アッラー。(アラーの神さまの思し召し)」

でたー!アラブ特有の考え方だ!

先日、乗り合いバスで隣に座った男性が、5人の子供がいて、父親には15人の兄弟がいる、
というので、「どうしてそんなに子沢山なの?」と聞いたら、

「インシャ アッラー」と答えた。

まぁ、そうかもなぁ。。。


でもまぁ、イエメンからヨルダンに行く人ってそんなに多くないよね、と鷹揚に構えて待っていたら、アッラーの神は私たちに好感を持ってくれたようで、満席の中、4人分を確保してくださいました。

よがっだー。


で!機内で新聞を見ていると、昨日のイエメンー日本戦の記事が一面いっぱいに出ており、
その中の写真に日本の観客席が!
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んで、よくみると、私めが!小さく載っているではないですか!!

ちょうど、青いほっかむり(アラブ風)をしていたので、すぐに自分だと判明!きゃっほー。
これは宝物だなー。
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機内の隣の席のアラブ人に、記事を英語訳してくれるようにたのむと、
しどろもどろになりながらも「ジャパン、グッド、イエメン、ノーグッド」などと身振り手振りで
がんばってくれました。

その人によると、
「私たちのすぐ前のビジネスクラスに、イエメンの有名な80歳のギター演奏家
モハメッド・モルチェドさんがいる、写真を撮ってもらいなさい!」とのこと。

私はまったく知らない人だけど、まぁせっかくだから、とずうずうしく、ビジネス席まででかけ、
写真と握手をお願いしました。
ご病気らしいけど、マネージャーさんは「ウェルカム!」。よかったー。
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機内食を隣のアラブ人の分までいただいて(げふ)、飛行機は3時間後にヨルダンの
アンマン空港に着陸。

海抜2300mの涼しいイエメンのサナアから、また灼熱のヨルダンです。

なんだか、鼻水が止まらない・・・喉もいがらっぽい・・・熱っぽい・・・。

早めに風邪薬を飲んで、今夜はとっとと寝ます!
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by kumaf3 | 2006-09-08 03:42 | 中東編  

サナアでイエメン戦!!

きょうは9月6日!そう、アジアカップサッカー(予選?)のイエメンー日本戦です。
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お世話になったサナア市内の旅行会社イエメンホリデーツアーズのアミンさん主催
「日本にわか応援団」を結成し、マイクロバスで22人が終結。

無料で観戦&送迎つき!


しかしまー。
こんなにイエメンにバックパッカーがいたのかー!?

イエメン人はバス乗り場で私たち応援団を見ると、周りを囲んでうじゃうじゃ。

彼らもこんなに塊の日本人を見るのは初めてのようです。


スタジアムについてみると、イエメンサナアスタジアム、結構がらがら。

そう、イエメン人、あんまり今日の試合の事、知らないのです!

まあいい。
さて。


サッカースタジアムは銃を持った機動隊が警備。

しかし、イエメン人、みんな伝統的衣装の刀=ジャンビーヤを腹に刺したまま入場。

セキュリティチェック?ありませんそんなもの。
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日本応援団は現地に住んでいる人、日本からわざわざ試合を見に来た人、
そして、たまたま通りすがったワレワレ、バックパッカー組の、およそ100人でした。

わたしたちは、アミンさんが用意してくれた日の丸の旗を持って応援!
テレビに映った(笑)?

イエメンの応援は、試合が始まってから時間がたつごとにゾロゾロ増殖し、盛り上がりも激しい!

でも、終盤日本が1点を入れると、さっさと撤収!!

ご存知のとおり,1-0で日本が勝ちました。
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試合終了後、帰りのバスを待っていると、
たまたま日本選手団の帰りのバスがスタジアムに横付け@@!

選手が間近に見られるかもしれない!と、日本人たちはバスの回りにカメラを持って待機!

しかも、 バックパッカーのみ。


みんな、暇なんです。

カメラを持って写真をとる割には

「いまのだれ?」「しらない」。


ええ、ただのミーハーです。


私は運良く、選手と握手をすることができました!


以下、大スクープ!!試合直後の握手の感想!!


川口能活選手・・・手は意外と小さく、やわらかーい、女性のような感じ。
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今日得点したガナハ選手・・・手もすごいが、目つきが獰猛!ハンターです。

巻選手・・・しっかり、ぎゅっ!と手を握ってくれました!

トゥーリオ選手・・・わすれました。


というわけで、大満足のイエメン戦でした。サッカー音痴なのに・・・「猫に小判」ですな。


さて、ここ、イエメンのサナアの宿でもいろいろな旅人に出会いました。

レコード会社に勤務していたというKさん。某アーティストの電話インタビューで
ニアミスしていることが発覚。

彼は仕事をやめ、3年半ほど旅をし、あと3-4年旅をするそうです。

「帰ってからすること、決めてるんですか?」

と聞いてみると、

「決めてません。決めてないほうが、いろいろ発見できると思うんだよね。」


いいこと言うなぁ。

わたしみたいにアクセクしてない。


「もう、長旅はしたくない、と思えるようになるまで、旅したいんだよね」


あー、それはそうですよね。


もう12年働いてお金をためてきたから、
お金の心配もない(贅沢する旅ではないけれど)そうです。

「帰ったら、沖縄に住みたい」

とのこと。

なんだか、最高だなー。




いろいろな景色と出会い、人と出会ったイエメン。


明日の朝の便でサヨナラです。
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by kumaf3 | 2006-09-07 01:52 | 中東編  

秘境!イエメン

朝10時の空港行きのバスに乗り、13:15発のイエメニア航空便。
1時間ほど出発が遅れ、14:00ころ発。

待ちに待った機内食。
がつがつ食べていると、横のほうに黒装束のイスラム教の女性が。

彼女たちは、食事中も顔を見られないように
食事を黒いスカーフで覆うようにしてこそこそ食べている。

大変だ・・・。




アンマンの空港からおよそ3時間。

空港で入国ビザ代55ドルを窓口のおじさんに渡すと、すかさずポケットへ。

おいおいおい、ポケットマネーにするんかい。

まぁ、無事ヴィサが取れ、入国。
空港内で、両替10ドル分。とりあえずのバス代くらい。
後はしないで変えたほうが率がいいとか。

ああ、もう暗くなってしまった。

タクシー?タクシー?と呼びかけてくるが、高い。
町まで行く一番安い方法は、乗り合いのミニバスを乗り継いでいくことだ。

空港から柵の外に出て、黄色いラインの入った白いワゴン車をとめる。
途中の乗換駅の名前を言うと、乗れ、というゼスチャー。
いくら?

「30」

およそ15円。

運転手のおじさん、乗ってくるおじさん、ほぼ70パーセントの割合で、
ほっぺたがハムスターのように膨らんでいる。
これはどうして?
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カートと呼ばれるお茶の新鮮な葉っぱのようなものを、ほっぺに詰めこみ、
1時間ほどすると気持ちよーくなってくるらしいのだ。
ここイエメンでのみ許されている覚せい剤のようなもの?

ちなみにイエメンもイスラム教なので、お酒は飲まない。
中毒性はないので、周りに迷惑をかけない分、アルコールよりはいい、という見方もある。


途中の乗り換え場でおろされる。

さらに、安宿のある町の中心部「タフリール広場」行きの乗り合いを探す。
「タフリール、タフリール」というと、これまたほっぺたを膨らましたおじさんが
「こっちだよ」と教えてくれる。


もう、まっくら。あふれる人の波、行きかう車、土ぼこり、重い荷物。

でも、日本人4人組なので、とても心強い。

重い荷物を車に乗せようとすると、そっと押し上げてくれたり。
ちょっとしたやさしさが、本当にありがたい。


タフリール広場までの乗り合いも20リヤール(20円)。安い・・・。

親切なおじさんに早速「カート」の葉っぱを分けてもらい、
カミカミしながら(苦い!ぜんぜん気持ちよくないです)、タフリールに着いた。

ところが、真っ暗なので、ホテルはなかなか見つからず、行ったり来たり。

およそ1時間も4人でうろうろしながら、やっと路地裏に安宿マナカホテルをみつけた。



さて翌日。
9月7日にはヨルダンのアンマンに帰る予定なので、早く予定を立てないといけない。

ヨルダンを旅するには、パーミット(警察の通行許可証)を取らなければいけない、
ということで午前中町を歩いたが、まったくわからない。

イエメンの首都、ここサナアの人たちは道を尋ねると親切に教えてくれるが、
いかんせん、みんな言うことが違う。

イエメン、ハードだわ・・・。



日本人のツアーを多く扱っているというイエメン人アミンさんの事務所を捜し当て、
明日「シャハラ」という高地にある町に行く契約をした。

宿で一緒になった大学生コウ君も一緒だ。総勢5人。

ついでに。アミンさんに6日にイエメンであるという日本ーイエメンのサッカーの試合は
どこであるのか尋ねると、
「日本人を集めて、バスに乗せて、入場料タダで連れて行く。6日の2時に博物館前に来い。」

話がうますぎる。




夕方から街を歩いて、すばらしいといううわさのサナア旧市街へ。


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ここイエメンのサナアは2500年前から町があり、今たっている建物は地震がないので、
500年前くらいからあるそう。
家の窓にはステンドグラスが。

んで、街を歩く男の人たちはおなかに剣を刺している。
聞いてみると、日本の侍とおなじだ、とのこと。

地方の村へ行くと、おなかには剣、肩から機関銃を下げている人も多く見かける。



さて。
明日は8時発である。

8時ちょっとすぎに4WD車がやってきた。

車は快調に飛ばし、町外れに。

ここで「ポリス待ち」。

イエメンを回るツアー車には、ポリスの護衛がつく、と聞いていたが、本当に私たちの車の後に、荷台に機関銃を持った警官を4人乗せた護衛車がついてきた。


政府と対立する北部の人たちが、旅行者を誘拐し、政府との交渉材料にするらしいのだ。


車はおよそ2時間後、日干し煉瓦と土でできた村に到着。
手作りのため窓は丸いし、壁も丸い。

「す、すごい・・・」
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車を下り、街を歩いていると、子供たちがたくさん。
お母さんもやってきた。

「おいでおいで」と手招き。

ん?家に入れてくれるの?


暗い階段をぐるぐる回って5階、さらに屋上へ。

屋上からは、やさしいカーブの家々の屋上が見えた。
隣の奥さんは洗濯物を干している。

イスラム教なので、女性は黒装束で、顔も目だけ出している。
奥さんに「写真を撮っていい?」とゼスチャーすると「ダメよ」とのゼスチャー。

潔くあきらめて下りようとすると、何か飛んできた。

黄色い花だ。


奥さんがくれたのだ。

「ありがとう!!」



なんだかあったかい街だなー。

家に入れてくれた家庭でお茶までご馳走になり、先を急いだ。


車はどんどん飛ばし、シャハラへ向かう。

途中、風でゴミが飛び交う土作りの街。そこから先は、舗装道路ではない。

ガタガタ、デコボコ、震度5の揺れだ。

おまけに雨まで降り出した。

霧の向こうに、ひときわ高い山が見えてきた。

ドライバーに
「あの高い山は?」ときくと、「あれがシャハラだよ!」
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うぞー!!あんな高いとこまで行くの???

4WDはゆっくり、デコボコ道を3時間。

周りは山々の絶景!


シャハラ山のふもとまで到着。

「ホテル、ホテル」とドライバーが言うので、今日はここへ投宿か、と大きな荷物を置く。

そして、車を乗り換える。

TOYOTAの4WDの荷台に、私たち5人、そして機関銃を持った警官2人。


これまたグラリグラリ、急な山道&もちろん舗装なし、岩がごつごつ、震度8の揺れ。
でも、荷台の前に立つと、とても気持ちいい!


どんどん標高が高くなっていく。

子供たちが私たち観光客を見つけてよってくる。

ハローハロー!!

手で、「ペンを頂戴」というゼスチャーをする。

ちなみにイエメンは年間平均所得が500ドル程度らしい。

しかも山岳民族となると、現金収入はわずかに違いない。



山道では地元の車とも離合しながら、注意深く進む。
一歩間違えると、急峻な山をまっさかさまに転落死するだろう。

行きかう車も、トヨタ、三菱、三菱ふそう、いすゞ、100%日本車だ。

夕日が沈む少し前、山の頂上に到着!!

本当にありがとう!!!こんなすごいところまでつれてきてくれて・・・。

今日一日、ものすごい景色を見て、何回「すごい!」と口から出ただろうか。


車を降りると、「ホテルはここだ」と山岳ドライバーが言う。

ハ?ここに泊る?

さっきのふもとのホテルに泊るんじゃないの?
荷物は持って上ってきてないよ・・・。

でも、周りはもう暗くなり始めているし、ここに泊れというのならしょうがない。

一泊7ドル、夕食朝食つきの山の宿に、
貴重品しかもって来ていない私たちは宿をつることにした。


タオルも石鹸もないので、買い物に出る。

子供たちがついてきた。

ジャパンジャパン!ハローハロー!ペンを頂戴!バクシーシちょうだい!

これを買って!買わないの?ちぇっ、ジャパン、バッド(悪い)!!

とても早口で、私たちをひやかす。


さっきまでの感動は・・・。


2畳くらいの土の床のお店で、石鹸やペーパーなどを買う。

「ビールもある、あっちのスークだよ」

というので行ってみると、これまた2畳くらいの店。ビールはノンアルコールビール。


名物の橋はあっちだよ!というが、観光トレッキングは明日行くので、
「いいよ、バイバイ!」と分かれた。


彼らの捨て台詞は「ガイド料!」

はぁーーー。疲れた。




夜は何度も停電した。


でも、こんな山のてっぺんで寝ることができ、ご飯が食べられることに感謝!


翌朝。朝ごはん後、トレッキング。

道は下り坂で楽チンだよ、と聞いていたので、ハイキング気分でいたのだが、
これがどうしてどうして、岩につかまりながら、がけの恐怖と戦いながら、
へっぴり腰でのマジトレッキング。

みんなはサンダル履きなどで先先に進んでいくが、お姉さんはこういうの苦手なのよー!


でも!景色は絶景!


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このトレッキングにも、機関銃を持った護衛さんがついてきてくれました。




2時間も道なき岩道を下ったり上ったりしながら、迎えの車のところまで到着。

ふもとまでまた「震度8」のゆれのなか、TOYOTAの4WDで
「すごいツアーだったね」とみんなで語る。

ふもとのホテルで大きな荷物と再会。
全員久しぶりの歯磨き。

また車を乗り換え、一路、首都のサナアまで。



いやー、イエメン、旧市街のラブリーな町並みもいいですが、シャハラツアー、
イエメン行かれる方はぜひ。アミンさんのツアーだと、
5人参加でひとり32ドル(宿代別)でした。
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by kumaf3 | 2006-09-05 02:07 | 中東編  

シリア(ハマ-ダマスカス)-ヨルダン(アンマン)

クラックデシバリエを堪能したシリアのハマの町をあさ6時のバスで出発。
およそ2時間ほどでシリアの首都ダマスカスに到着。
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何でそんなに早く行く?

昼間は暑いからです・・・。
でも朝はとてもさわやか。

タクシーでバスターミナルまで行ってもいいのですが、このさわやかな風を感じないのはもったいない!

ク○あつい中東は朝、さくさく移動が鉄則です。


さて、ダマスカス。

バスは町外れのターミナルへ到着。(面倒くさい!)
そこからまたバスに乗って、街中のターミナルへ。この時点で太陽もすでに絶賛燃焼開始!!
あぢー!!
そこからまた宿まで、歩いて坂を上ったり迷ったり、30分ほどで到着。

ええ、今夜も日本人バックパッカーも御用達の宿です。

ここでは人生初「屋上に泊まる!!」

だって安いんですもの。350円。
首都は物価が高いんです。それでもシリア国内はまだ安いけどね。


で、各国のバックパッカーがいるので、一緒に行動したり、情報交換もできます。

太陽が弱くなるのをまって、きょうは韓国人の48歳のパッカーと旧市街を散策。
結構、英語の練習にもなって、楽しく過ごせました。

ダマスカスの旧市街は1000年以上も前のものなのです。
規模も大きく、迷路に迷い込んだよう。

ヨーロッパの旧市街とは趣が違い、雰囲気がとてもいいな。


さて、夜、屋上のねぐらに戻ると、2人の日本人学生パッカーがいました。

一人は東○大学4年生の福ちゃん。
もう一人は、これでばったり会うのが3回目のMちゃん。

ふたりとも就職活動が終わった夏の旅です。


これから日程は違うけど、イエメンに行きたいという2人。

わたしは半分あきらめていたけど、「中東からイエメンに飛べば安い」んだって。

これはムムム!


翌朝。


もう旧市街を見てしまったのでダマスカスではすることがなく、今日は待ったり本でも読もうかな?と思っていたら、mちゃんが、イエメンチケットを買いに、ヨルダンのアンマンまで行くというので、ご一緒することにしました。

ほかの部屋に泊まっていたイケさんも一緒です。

バスは午後3時にしかないというので、タクシーで500ポンド=1000円で行くことにしました。

砂漠の街を走り、国境を越えてトータル3時間ちょいで、アンマンに到着。
3人で宿「クリフホテル」です。


さっそく、旅人の間では「親切すぎる」ことで有名な管理人のサーメルさんに「イエメンに行きたいんだけど。。。旅行会社を教えてほしい」と聞くと「調べてあげます」

と、サクサク電話。

私たちがヨルダンのお金に両替しているうちに5件ほど電話で当たって、値段をチェックしてくれていました。。。

宿代500円そこそこの宿が、普通こんなサービスするか??



これからのルートをいろいろ考えて、明日、航空券の空き状況を聞いてもらうことに。

イエメンかぁ。

いってみたかったんよね。
おんなじ宿に泊まっている大学生の女の子Kちゃんも「イエメン行きたい・・・」と言い出し、4人でいくか?ということに。

できれば明後日には飛んでいきたいので、明日はヨルダン名物、死海を攻めることにしました。



さて翌日。
チケットはなんとたまたま4名分だけキャンセルが出て、明日飛べることになりました。
飛行機代は、ここアンマン往復で4万円ちょい。
まぁまぁ高いですけど、カイロから飛ぶのと5000円くらいしか変わらないようなので、同行者がいて心強いし、今回行くことにしました。

さて、飛行機代。
私はvisaカードでキャッシングができたのですが、KちゃんのVISAカードは、どこのATMマシンを使ってもキャッシングできません。

こんなことってあり?


結局同行の男の子に借りることで、無事4人でイエメン入りすることになりました。
男子2名もイケメンナイスガイ、Kちゃんも井上昌己(いのうえしょうこ=愛媛出身の歌手。検索してみて)似のかわいい女の子。

そして私はヘアスタイル瀬戸内寂聴。

ま、そんなことはどうでもいい。


死海!

今日は死海行きの日ですよ。

タクシーを1台3000円でチャーターできるので、同宿の方をさそって、4人で行くことに。
アンマン市内からどんどん下って1時間ちょい。景色は進むにつれて雄大になります。

そして、目の前にひろがる死海!

あまりにも塩分が濃いので、生物がすむことができない「死の海」です。

死海の対岸はイスラエルです。泳いでわたろうと思えば1時間もあれば。でもきっと撃たれることでしょう(汗)。


水着のうえにTシャツを着て入った死海。
水はにごっています。
足元はぬるぬるの粘土質だったり、砂だったり、塩の結晶だったり、岩だったり。

これから行く予定の人は、ビーチシューズをお忘れなく。

で、浮いてみた!!
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プッカー!!!浮く浮く!!
楽ーに浮くことができます!

足のつかないところでは、宇宙遊泳のように歩いてみることもできます。

ただ、泳ぐことはできない!!

浮いて浮いて、おぼれそうです!!!


そしてしばらくすると、傷がある部分などがひりひりしてきます。
お○らをすると、お○りの穴も痛いようです。
女性はデリケートゾーンが厳しい方も・・・。


現地の海水浴客は、女性はやっぱりイスラム教。水着になんてなりません。
着衣、ほっカムリのまま、死海遊泳を楽しんでいました。

男性は海パンですけど。

海水をなめてみましたが、あまりの塩分とミネラルで・・・苦い!!

で、みんな粘土を体に塗って死海の泥パックをしています。

わたしも挑戦!

ちなみに泥もなめてみましたが、しょっぱかった。。。!
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およそ2時間ほどの死海を楽しんで、夜、宿に帰りました。




そうそう、今日来た日本人の方も、イエメンに行くようです。


私の知っているだけで、8人、近日中にイエメンに入る・・・。

旅人の間で、イエメン、熱いです・・・。
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by kumaf3 | 2006-09-01 06:45 | 中東編  

クラックデシバリエ

昨夜ドミにて。

同じ部屋になった台湾人と香港人の女の子。
一人はシリアのダマスカスで3ヶ月、アラビア語の学校に行っていたそうだ。
彼女は旅行できていて、とてもとても暑いので、少しでも快適に過ごすために、学校に通ったのだって。
エジプトのカイロでも、日本人がたくさんアラビア語を勉強しに来ているのを見たそうだ。


日本で働く。

働かない。

海外に出ていろんな語学を学ぶ。

海外で働く。

学生時代に旅をする。

夏休みに旅行をする会社員。

海外でボランティアをする。

会社を辞めて、長旅に出る。

定年退職して、旅に出る。

その他。。。いろんな人に出会った。



旅の仕方って、一つや二つじゃないんだなー。

同じように、生き方も、人それぞれ。

こうあらなければならない、というのに縛られている人って結構多いと思うけど、世界に出てみると、その人が満足するなら、それがベストなんだな、とつくづく思う。

私は自分の生き方に、これからも妥協はできないな、と実感している。



さて。宿にて。



彼女たちに、「今朝ハマに着いて、明日ダマスカスに行く」と告げると、
「クラックデシバリエにはいかないの?」

とびっくりした様子。

やっぱり?行くべきでしょうか。。。、

暑さに辟易して、とっととシリアを抜けようとしていたんだけど。。。

ま、抜けたら、さらに暑いヨルダン、エジプトが待っているんだけど。


クラックデシバリエとは、十字軍が残した城跡で、ここハマの町から80㎞はなれた山間の町にある。
高台にいきなり城があるのだ。

日本人旅行者からは、「時間があったらいってみたら?」と勧められていた。


彼女たちは「いくのは簡単よ」という。

炎天下、バスを求めてさまようのは御免だったので、「むむ!」となる。

しかも「朝7時に出発して、昼前には帰ってこれるわ」という。

むむむ。



とっととダマスカスに行きたい気分と、クラックデシバリエを見物してみようかな気分が戦い・・・
およそ10分後。

「明日、一緒に行ってもいい?」

「もちろん!」

となった。彼女たちはとても気分がいいのだ。

実はこの旅に出るまで知らなかったのだが、韓国人はとても優しいし、香港人はしゃきしゃきしてる。台湾人はフレンドリー!!
エイジアンピープルに、とても好感が持てるようになった。

だから、クラックデシバリエの観光ももちろんだけど、彼女たちとお話ができることに期待して、一緒に行くことにした。

エジプトのカイロで日本から来る補給隊との合流を予定しているのだが、それにはまだまだ日程に余裕があるし。(イスラエルに行くのは取りやめました、時節柄・・・)


さ、早く寝なきゃ、明日は6時起きだし。


しかし、12時になっても1時になっても、一番の繁華街に位置する私たちの宿は、交通渋滞のクラクションの音が昼間と変わらない量で聞こえてくる。

ええい、思いっきり耳栓をつめるしかない!
やっと眠りについたのは12時半ころだった(すぐやんか)。


翌朝。荷物を詰めて、汗かきに備えて水着を着込み、7時前にはタクシーに乗り込む。

アラビヤ語をやっていたという香港の彼女に頼りっぱなしだ。
タクシーから、セルビスという名の乗り合いタクシーに乗り換え、ホムスという町まで1時間(60円)、さらにクラックデシバリエまで1時間(60円)。


100キロを越えて飛ばす高速道路。

なんだかなー。ひとりだったら、興味がない城跡なんて行かなかったよなー。

ほんと、彼女たちには感謝しなきゃ。


ダマスカスまで行こうか、クラックデシバリエに行こうか。

結局今、こうして、昨日の夜知り合ったばかりの子達と、シリア人に混じり、ガタガタゆれる車を飛ばしている。


旅はいつも決断を迫ってくる。

いつ行く?どこへ行く?誰と行く?どうやって行く?

行き先を決めるのは自分だ。

でも、いろんな人の考え方を聞いて、助けられて。

周りの人なしでは、やっていられない。


人生も同じだなぁ。一人だけでやっているように思いがちだけど、知らないところで助けられていることが多いと思う。

そう考えると。

日本のみんな、家族。
旅先で出会った100人を超える人々。
私をこんなに遠くまで運んでくれた、各国の交通機関。
日本のパスポートの威力の源を作ってくれた先人たち。


すべてのものに感謝の気持ちがあふれて来た。

んにょーし!
帰ってからは恩返しだ!バリバリいい仕事をさせてもらうぜ!


そんなこんなで一人感動しながら、車はクラックデシバリエに到着。

山登りをしなきゃ、と思っていたが、車がお城まで運んでくれていた。
50年前まで人が住んでいたという。


なんといっても、穀倉地帯を見下ろす眺望には脱帽!
この石積みを組むには、どんなに苦労しただろう。。。。
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1時間ほど写真を撮り、ちょっとおカマっぽい案内人に案内されつつ、観光は終了。
帰りもセルビスを乗り継ぎ、ハマの町に着いた。


さて、いよいよあしたは、さらに暑い!と大評判のダマスカスです。
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by kumaf3 | 2006-08-28 22:11 | 中東編  

シリア2日目

大型バスの後ろのほうに、ブワー!って排気ガスが吹き出る、網アミのところがあるでしょ?
シリアに下りた時、その前にいたの。

あー、排気ガス、あちいなぁ!

と、バスのかなり後ろに移動してみた。

ブワー!!

おいおい、排気ガスの暑さじゃ無かったのねー、この熱風は!!

そんな感じの暑さのシリア、最初の町「アレッポ」に到着しました。
トルコのイスタンブールから、バスで22時間。

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ひたすら耐える、ということをさらに学んだような気がします。


この暑さに「もう、すぐバスに乗って、次の町に行こうか!」
と思いましたが、この町にも何かあるかもしれない。。と、コロコロ、荷物を20分転がして宿を確保。


冒頭で書いたように、アレッポの町は、熱風の吹く町。
町の至る所で「アレッポ石鹸」が売られています。一個10円くらいかな?

かなり重いので、私は買いませんでしたが。。。


シリアは物価が安くて助かります。節約派の私も、外食!


歩き方にも載っているので、大丈夫だろう、と入った食堂。
なすの入った煮物と、麦っぽい穀物の炊いたのの油いため?を頼みました。
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煮物系はトルコの食堂と同じような色、オレンジだったので、期待はしてなかったのですが・・・

案の定、おいしくない。。。


うーむ、やっぱり食べ物は日本が最高!と思いながら、コップの水で流し込みました(涙)。
もうがぶ飲みするしかない!

(水、だいじょうぶかな?・・・大丈夫でした)

2品で140円でした。

でも、こっちの人にとっては、日本のご飯はマズイ!と思うんでしょうね。


アレッポはスーク(ドーム型の通路の商店街)が見所、とみんなに聞いていたのですが、モロッコやイスタンブールと比べると、それ以上のものを感じることができませんでした。
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それぞれに個性のある町を「比べる」なんて、してはいけないことです。

んがしかし、どうしても、今まで以上のものを見ないと、感動できなくなっているのです。
(コンサートなんかでも、同じですけどね。)


そんなわけで、アレッポの町は1泊で退散することにしました。


夜は宿で同じドミトリーに泊まっていた日本人のMさんとネットカフェへ。

ここで調子よく写真なんかも送っていたのですが・・・突然


真っ暗。


数分後、やっと電気がつき、ネット再起動のうえ、再開!

するとまた3分後・・・

真っ暗。



ええい!やっとれんわ!
Mくん、帰るで!


Mくんは律儀なのでネット代を払おうとします。
しかも100ポンド(200円)だといいます。
相場より高い!


穏健派のわたしも
「ふざけんなよテメー!」と怒った!

「完全にできんのに、払えんわ!」


というと、係員は納得したようでした。ええ、もちろん払いませんでしたがな。


さて。昼間は暑いけど、朝はさわやかです!

翌日8月27日、朝7時おきで移動!宿も300円で安かったので、もう1泊してもいいのですが、見所がもう見つかりそうも無かったので、これまた評判の高い町「ハマ」にバス移動!


バスターミナルは歩いて20分ほど。昨日降り立ったところです。

荷物を転がしていると、おじさんがいて・・・。

声をかけてきました。

ガイドブックによると、シリアやヨルダンはとても安全、とのことです。

おじさんに挨拶をすると、私のコロコロ荷物の取っ手を持とうとしてきます。

いやー確かに重いけど、コロがついてるので持ってもらっても・・・(汗)。

おじさんは遠慮しても、取っ手を持とうとします。
わたしは「いいえ結構です」とゼスチャーしてのですが持ってくれるので、まあいいか、と手を離そうとしたら・・・

おっちゃん、私の手を取っ手と同時に握ってくるのです!


まぁー取っ手は小さいし、しょうがないか。


コロコロ、一緒に取っ手を持って歩いていると、なんだか、手がむずむず。

おっちゃん!手が動いとるがな!

私の指のマタをモゾモゾしている!確かに!

「おっちゃん、なにやってんの!」とはいわないまでも、(穏健派なので)もういいです!と、おっちゃんを振り払って早歩き!

初めてだー、痴漢もどき。イランでも大丈夫だったのに。


あー気持ち悪い。

皆さんも痴漢はやめましょう。(誰に言うとるんじゃ)



さて、バスで2時間(130円)、到着したハマの町。

これまたバスターミナルから20分ほど歩いて、宿を確保。
きょうもドミトリー(相部屋)、350円です。やっすー!!

お昼についたのですが、外はとてもとても暑いので、夕方まで宿で仮眠(という名の爆睡)。

ようやく5時ころ、太陽の影が薄くなってきたので、なぜか水車が有名なハマの町を散策。


おお、水車だ。もいっちょ水車だ。


写真写真!

あと、見所は・・・・きょろきょろ。


・・・


終了っ!


何しろ暑いので、アイスやデザートなしでは居られません。
物価も安いので、デザートやさんにいりびたり。

デザートばかりでは何なので、食堂で、とうろうろしていたら現地の子供がおいしそうな春巻きチックなものを食べていたので、それを指差し注文!
まぁまぁのうまさでした。
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さて・・・あしたはダマスカスにでも移動しますか。

シリア、通貨ビザ(3日有効)でもよかったかな。
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by kumaf3 | 2006-08-28 01:59 | 中東編